データ抽出とエビデンスに基づく行動。組織で進める「スポーツテック」の世界
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「データ活用」は、スポーツ界でも浸透してきました。2022年5月に開催された日本最大級のスポーツイベント「Japan Sports Week2022」では、多くのクラブチームやアスリートをデータ分析などで支えるスポーツテック企業「Kitman Labs(キットマンラボ・以下、キットマン/本社:アイルランド/創業者兼代表取締役:スティーブン・スミス)」の事業開発部長、竹嶋大助氏が講演。約300人が参加し、好評を博しました。
キットマンが提供するサービスとは。統括データを活用してチーム成績やアスリートのパフォーマンス向上を目指す「スポーツテック」の世界について、竹嶋氏に話を伺います。
データを統合的に見る
キットマンのパートナーは、サッカーやラグビーと言ったチームスポーツのクラブやリーグが主です。欧州サッカーのチェルシー、マンチェスターシティー、アーセナル、リバプール、日本ではTOYOTAヴェルブリッツなど500以上のチーム、40以上のリーグにサービスを提供。サポートするプレーヤーは150,000人以上となりました。
創業は2014年。ラグビーチームのパフォーマンスコーチだったスティーブン・スミス氏が選手のパフォーマンスを数値化させるため、身体能力から試合や練習におけるデータをエクセルにまとめていったのが始まりです。
「当時のスポーツ界は、GPSデータを使い始めた頃。試合での総移動距離や加速度などは計測できたが、それで完結してしまっていた。スミス氏はあらゆるデータを統合して分析するという重要性に着目。それをパフォーマンス向上や怪我の抑止などにつなげていく思いで、キットマンを創業した」(竹嶋氏)
“進化する”プラットフォームとは
竹嶋氏は「蓄積されたあらゆるデータはクラブチームの資産。それを有効活用しなければならない」とし「各チームには強化部、コーチングスタッフ、フィジカル担当、メディカル部など複数の担当・部門がある。それぞれの部門が専門性を持ったプロフェッショナルであるゆえに、各部門の独断となりがち。データは部門を超えてつながる必要がある」と語ります。
このような考えを基に提供されるのが「インテリジェンスプラットフォーム(以下、iP)」です。同プラットフォームの構築方法は、ビジネスコンサルティングと似ています。まずは「パフォーマンスディスカバリー」。組織と部門の目標などをヒアリングし、成功と課題を発見します。次に「パートナーシップ戦略&サクセスプラン」。成功を得るための課題に対してどのように取り組んでいくか、高い透明性で示します。
「チームによって目標や課題、何を持って成功と定義するかは千差万別。だから、構築するiPもチームのオリジナルになる。多く見られる課題は『アカデミー組織の教育』や『トップチームのパフォーマンス向上』、『怪我の予防』などだが、そのアプローチ方法は組織によって全く違う」(竹嶋氏)
iPで実現可能なものは大きく分けて4つ。統合データから導く「パフォーマンスの最適化」、電子カルテのシステムを利用した「パフォーマンス医療」、科学とデータに基づいて実行可能な「コーチングと育成」、怪我の予防などに役立つ「アナリティクス」を軸としています。
特にチームが目指すプレースタイルを実現させるための「コーチングと育成」は非常に興味深いもの。竹嶋氏は「例えば、サッカーチームの2時間の練習内容に科学的根拠はあるのか。フィジカルコーチの主観やこれまでの伝統で、サイロ的に実施しているものではないか。30分のランニングはトップレベルのプレーヤーに必要な練習なのか。このような疑問をデータから紐解き、チームが設定した目標に沿ったコーチングや育成を実現させていく」と話しました。
日々、スポーツは進化しており、それに伴いチームも進化します。つまり、チームだけのために構築された独自のiPは“進化する”プラットフォーム。即時、そして持続的にパフォーマンスへインパクトを与えるプラットフォームと言えるでしょう。
MSLトップチームで傷害負担36%減
メジャーリーグサッカーに所属するトップチームもiPを活用しています。同チームでは、プレーヤーの稼働率を高く維持するための持続可能なプログラムを作成しました。パフォーマンスとメディカルのデータを複合的に活用。キーワードは傷害リスク分析です。「危険なゾーンに入ったプレーヤーを強調するアラートの設定」などでデータを蓄積。結果、非接触型傷害は2019年以降で32%減。ハムストリングの負傷は、2020年から2021年にかけて約50%減となっています。
また、2020年から2021年にかけて、傷害負担が約36%減少しています。負傷者数や負傷リスク数が下がったことで、稼働率を上げることに成功しています。
「iPは、あくまで技術者ではなくスポーツチームのスタッフが利用するために開発されたもの。多彩かつ大量のデータを誰もが扱えるように簡略化されたUI、自身でカスタムできる機能などが備わっているCMS」(竹嶋氏)
日本スポーツ界とスポーツテック
「日本におけるスポーツテックの浸透はまだ進んでいない。しかし、細かいデータを分析していくのは日本人の性に合っているのではないか。進んでいない現状でもオリンピックでは総合的に見て上位に入っている。伸びしろはあると感じている」(竹嶋氏)
竹嶋氏はかつて日本サッカー協会で10年間、情報システムに携わっていました。日本サッカー界については「海外に憧れを持っても『いつかできれば』という考えではいけない。日本が世界的なサッカー強豪国になるために必要なものは、知識なのか教育なのかマーケットサイズなのか。スポーツテックを通して発見していきたい」と抱負を述べました。
データ抽出とエビデンスに基づく行動を実現させるiP。誰も気付かなかった切り口で、データ活用に変革を起こす日は近いかもしれません。
INFORMATION
【竹嶋 大助/Kitman Labs 事業開発部長 アジア統括】
英国の高校、大学生活を経て2002年に帰国。 同年、日本ヒューレット・パッカード株式会社(当時)に入社。コンサルティング本部所属として大手キャリアのシステムマイグレーション・DB構築・システム 監視など主にインフラ設計および提案に従事。
2007年に株式会社BOTTOM UPを創立し、国内最高峰のサッカーチームの現場支援を主としたスポーツ事業に携わっている。
2010年から10年間は日本サッカー協会に出向し、情報システム部の創設から、業務システムの刷新および導入はもちろん、登録システムの再構築、育成・強化関連のソリューション導入、情報セキュリティ強化、など多岐に渡る日本サッカー界のIT/DX関連プロジェクトを部長として統括。
2020年11月より現職。